黒酒物語
私が料理長を辞めた理由
松下晴彦(灰持酒料理研究会 調理顧問)
黒酒との出会い
私と黒酒の出会いは、私がまだホテルに勤務していた時でした。
黒酒を開発した鹿児島の東酒造の牧野氏が私の友人を介してホテルに訪ねてきて、何の説明もなく「黒酒」を目の前に置き「調理に使って見て下さい。」とだけ言って帰ってゆきました。
あれっ!?なんだこれは!?
灰持酒料理会 調理顧問 松下晴彦
試飲してみると甘くて食前酒のようで、印象は日本酒と味醂を混ぜ合わせた物のようでしたので、洋食が主体のメニューには難しいと思い、調理に使用することもなく冷蔵庫に閉まって置きました。
めったにない事ですが、私がスタッフの賄い用の食事を作ることになり冷蔵庫を整理していたら、黒酒が片隅にあったので捨てるのも勿体ないと思い、ワインの代わりに使用して見ました。
ところが仕上がった料理の味を見て驚きました。
想像していた味(味醂や酒と同じ位の味と思っていた。)と全く違ったのです。
その時点では、まだ黒酒の効力など解りません。
今までの調味酒とは完全に異種なものと感じたので、それからは暇を見つけいろいろな調理に使用して試しました。
その結果、素材の持ち味を活かすのに非常に特性があり、牧野氏に「この酒はすばらしいよ」と報告をし、それから本格的に気を入れてチャレンジし続けています。
黒酒との戦い
私達調理人の務めは如何にお客様のお口に合う料理を提供できるのかだと思っています。
若い頃は「自分が正しい、自分の作った料理が絶対」と、考え違いをしていました。
三年前、お客様に如何に料理を楽しんでもらえるかと苦心をしていましたので、黒酒を使用してみて「これだな」と感じたのです。
それからが「黒酒との戦い」みたいなものが始まったのです。
身体に優しい食を求めて
昨今、料理に対する消費者の関心は「カロリー」もさることながら、「添加物」の有無になりつつあります。
しかし、売価や日持ちの問題で「安心」よりも「安全」を重視しなければならない現実です。
少々味は良くなくても提供しているのが、現実の姿ではないでしょうか。
特に惣菜部門では工場で製作してから店頭に並べるので、「衛生と便利性」のみを求めている傾向があります。
しかし、消費者の望みは「如何に身体に良い」かではないでしょうか。
自分で作るのが面倒なとき、出来合物で済ませる機会が多くなったこの頃は、特に「身体に優しい食」を選んで購入したいのではないでしょうか。
黒酒は旨味成分がバランスよく含まれていますので食材の持ち味を邪魔しません。
最初、黒酒使用の料理を口にしたときは化学調味料や合成調味料に慣れている人は物足りなさを感じることでしょう。しかしながら数日食べていると逆に合成調味料などの料理の強烈な旨味に閉口してきます。
私も以前は「ソースが料理の命」と人にも教え、凝りに凝ったソースを作り食材の持ち味を変えてまで提供してきた時期もありました。その時代はそれで良かったのかも知れません。
新しい調味料「黒酒
料理は趣向品であり、食べる人の体調によって感じ方も多様に変わります。
作る人の感性で調理法も千差万別です。
「黒酒」を使用し、食材の持ち味を生かした調理を食べてみて、私は「体に優しい食べ物だな」と感じます。
どんな調理にもジャンルがあり、それぞれ特性がありますので、これが絶対というものはないと思います。
どなたも、創意工夫をして黒酒効果を試してみては如何でしょう。
最後に、黒酒と出会えてまだ三年余りですが、黒酒は、私が 40 年間調理に携わってきて、はじめて感じた「新しい調味酒」ではないかと思います。新しいメニューの発見があるかも知れません。
皆様も自分の料理に是非一度お試し下さい。
松下晴彦プロフィール
灰持酒料理研究会 料理顧問 松下晴彦
調理顧問 松下 晴彦シェフ
- 昭和22年5月 長崎県に生まれる
- 昭和49年3月 27歳 池袋「イタリー亭」料理長に就任
- 昭和57年1月 ホテル「ニューオオタニ」フランス料理「フォーラム」料理長に就任
- 昭和59年9月 単身料理研修のためフランスに渡航
- 三ツ星レストランでフランス料理の研修
- アランシャペル、ピラミッド、トロワグロ、ムーランド、ムージャン、レーモンド、オリビエなど
10軒以上
- 昭和64年1月 鴨川グランドホテル店舗開発及び洋食店総括料理長兼店長に就任
- 平成 8年3月 株式会社フォーラムケーリングサービス取締役部長に就任
- 平成11年5月 株式会社上野パークサイドホテル料理顧問に就任
- 平成13年7月 株式会社澄心郷設立
- 平成13年8月 「黒酒」の調理研究に着手 現在に至る。